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【コラム】「製品力」を超える「人間力」とは?世界水準の内視鏡を届ける若手の挑戦 (前編)

エム・シー・メディカル株式会社
第1外科営業部 廣濱さん

皆さん、こんにちは。エム・シー・メディカル株式会社の廣濱と申します。2024年に新卒として入社し、現在は第1外科営業部 中部北陸営業グループに所属しています。最初の赴任地である名古屋での経験を経て、現在は石川県や福井県をはじめとする北陸エリアを担当し、世界的な医療機器ブランドであるカールストルツ社製の内視鏡システムなどの営業及び現場サポート業務に携わっています。

直近は金沢を拠点に、広大な北陸エリアの医療現場を駆け回る日々。医師や看護師の方々と膝を突き合わせて、医療の質の向上や、その先にいる患者さんのQOL(生活の質)向上に貢献することに、日々大きな責任とやりがいを感じています。

今回は、かつてプロを目指してスポーツに全てを捧げていた私がなぜ医療の世界を志すようになったのか。商談や現場トラブルを乗り越える中でつかんだ「営業職としての本分」、先輩方から受け継いだ北陸という大切な商圏をお預かりするプライド、そして何より、この会社を支えている「人」の温かさについて、日々私が感じているリアルな想いをお伝えしたいと思います。

「医療への恩返し」をテーマに新たなフィールドへ

私の人生の原点には、幼年期から青春時代のすべてを捧げてきた「サッカー」があります。幼稚園の年中の頃、地元のスポーツ教室で初めてサッカーボールに触れたのをきっかけに、プロサッカーチームのジュニアユース(U-15)、ユース(U-18)でサッカーに明け暮れる日々を送りました。その後、大学へ進学してからも、ゴールキーパーという最後方のポジションで、チームのゴールを守り続けてきました(大学蹴球部 2023シーズン副将)。国体選手にも選出され、当時の私の頭の中には「プロサッカー選手になってピッチに立つ」ということ以外、何一つ選択肢はありませんでした。

しかし大学3年生の時、私のサッカー人生を大きく揺るがす予期せぬ事態に見舞われました。激しいプレーの中で、度重なる脳震盪を起こしてしまったのです。その後、脳震盪により以前のような思い切ったプレーがどうしてもできなくなってしまいました。これまで疑いもなく信じてきたプロへの道が途絶えた瞬間でした。

長年追い続けた夢を失い、大きな挫折感を感じながら、周囲よりも出遅れる形で始まった就職活動。そうした中で私が関心を深めていったのが「医療業界」でした。サッカーによる怪我や脳震盪の症状で何度も精密検査を受けたり、先の見えない不安に対してメンタルカウンセリングを受けたりしていた際、自分の事のように親身になって寄り添い、励まし続けてくださった医師や看護師、医療従事者の方々の姿が心に残っていたからです。「サッカーに打ち込んできたからこそ出会えた医療の世界。今度はビジネスパーソンとして恩返しがしたい」――そんな決意を固めつつあった時期にナビ媒体で出会ったのが、エム・シー・ヘルスケアグループでした。

最初にエム・シー・ヘルスケアグループのウェブサイトを見た時は、一般的なメーカーや商社とは異なる独自の立ち位置に戸惑い、学生の私にはビジネスモデルがすぐには理解できませんでした。しかし、企業研究を深く進めていくうちに、「病院経営への直接的な貢献」や「コスト削減を通じた持続可能な医療現場の支援」という明確で一本筋の通った企業メッセージに、心を揺さぶられるようになったのです。

そして何より入社を決意する決定打となったのが、選考の最終局面でした。当時のエム・シー・メディカルの社長との最終面接に臨んだ際、社長は私のこれまでのサッカーでの実績や挫折に耳を傾けてくださり、形式的な質疑応答ではなく、一人の人間として温かく真摯に対話してくださいました。「こんなにも一人ひとりと誠実に向き合ってくれる経営陣の方や先輩方がいる会社なら、自分の第二の人生を全力でぶつけられる」――そう確信して入社を決意しました。

OJTとロープレで叩き込んだ「プロとしての型」

2024年4月1日、品川本社での入社式。辞令を手渡され、配属先が初めて告げられた瞬間の緊張感と期待感は今でも鮮明に覚えています。当グループには、持株会社であるエム・シー・ヘルスケアホールディングスや、医療物流を祖業とするエム・シー・ヘルスケアなど複数の企業が存在します。その中で私が配属されたエム・シー・メディカルは、かつて私自身が患者として治療を受けたことのある「体外衝撃波治療装置」なども扱っており、個人的にも非常に親近感を抱いていました。

また、周囲と声を掛け合い、チームで協力しながら目標を追う活気ある職場の雰囲気は、長年チームスポーツに打ち込んできた自分の性格に最も合っていると感じました。人事部の方は、私のそうしたバックボーンや適性まで見極めた上で、この配属を決めてくださったのだと思っております。

エム・シー・ヘルスケアグループ全体の同期20名とともにスタートしたゴールデンウィーク前までの全体研修は、ビジネスマナーから医療業界の専門構造、グループ全体としてのポートフォリオを理解するもので、顧客病院を想定した営業ロールプレイングに至るまで、かなり盛りだくさんのプログラムでした。

その後、ゴールデンウィーク明けに最初の赴任地である名古屋営業所へ向かいました。もともとは、出身地である千葉や関東圏での勤務を希望していたため、当初は少しの戸惑いや不安もありましたが、「関東に一番近い拠点だし、若いからこそ飛び込める挑戦だ」と考えるようになっていました。

名古屋営業所への配属後、最初に訪れた試練は、膨大な製品知識を自分のものにするための座学とロールプレイングでした。製品知識の大切さは理解しつつも、一日も早く現場の空気に触れたいという、はやる気持ちが強い時期でもあり、焦りと葛藤を抱きながら学びを進めました。しかし、製品の知識が不十分なまま顧客の前に立つことは危険であり、製品知識は営業として現場の第一線に立つための「絶対的な前提条件」です。だからこそ、営業所で徹底的なロールプレイングを重ね、単に製品の特徴を暗記するだけでなく、「この病院はどんな課題を抱えているか」という仮説を立て、実際の現場で知識を自在に使いこなせる実践的なスキルを磨いていきました。

【実際の営業活動の様子 医師に腹腔鏡用鉗子を紹介中】

 

やがて先輩社員(インストラクター)との同行営業を中心に実践的なOJTがスタートし、1年目の終わり頃からは一人で現場に出させていただくようになりました。実際の商談は、事前に用意したシナリオ通りに進まないことばかりですが、現場で指導してくださる先輩方の背中を追いかけ、営業担当者ごとに異なる提案のストーリー展開や営業思想を吸収していきました。

当社には知識を独り占めするような雰囲気は一切なく、若手の成長のために先輩方が自身の成功体験やノウハウを惜しみなく共有してくれる温かい風土があります。だからこそ、焦る気持ちを落ち着かせ、着実に営業のノウハウや製品知識を自分の引き出しへ蓄積していくことができました。

 

≪後編へ続く≫

(本記事は2026年7月に取材した内容に基づいています)