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【コラム】国境を越えて医療が回り続ける条件を設計する──北米シリコンバレーで磨かれた医療への視座とエム・シー・ヘルスケアグループの事業開発(前編)

エム・シー・メディカル株式会社
整形外科マーケティング部 兼 整形外科製品開発部 岩田さん

医療機関の課題はとても一つの言葉で整理できるほど単純ではありません。いわゆる現場の「困りごと」は、臨床の判断、病院経営、人材確保、制度対応、そして時間軸などの要素が絡み合った状態で立ち現れます。医療機器やサービスを提供する側に求められるのは、その複雑さを正しくほどいて、課題設定そのものを見極める視点です。 

今回インタビューしたのは、エム・シー・メディカル株式会社(以下MCM)の整形外科マーケティング部長 兼 整形外科製品開発部長の岩田さんです。営業、マーケティング、そして北米での事業開発というキャリアを通じて、岩田さんは一貫して、医療の課題をどのように設計するかという問いに向き合ってきました。

岩田さんが重視してきたのは、医療機関の声に寄り添いながら課題を分節化し、適切な解決策を適切なタイミングで届けることです。その積み重ねが、結果として事業の成長につながり、医療現場からの信用を生みます。「医療への貢献」「企業としての事業可能性」は対立するものではなく、正しく設計されれば両立し得ます。岩田さんは、そうした実感を現場と事業の両面で積み重ねてきました。

本稿では、MCMにおける整形外科領域の製品開発と事業推進を担う岩田さんの言葉を手がかりに、医療の価値がどのように国境を越えて設計されていくのかをたどります。そこには、グローバルな視点を持ちながらも、日本の医療現場に深く根を下ろすエム・シー・ヘルスケアグループの事業開発における1つの方向性が映し出されています。

■整形外科領域の営業現場でつかんだ「ビジネスの原点」

岩田さんが医療の課題をどのように捉えるようになったのでしょうか。その出発点は、名古屋で整形外科営業として医療現場に立っていた時代にあります。

新卒で配属されて以降、岩田さんは整形外科領域の医療機器を担当し、日々医師と向き合ってきました。製品知識を身につけて、実際の手技から保険適用までを理解して誠実に説明します。営業として求められることは一通りやってきたという自負もありました。一方で振り返れば、自社の都合を起点としたセールスになってしまう場面もあり、どこか決定的な手応えをつかみきれない感覚が残っていたといいます。

転機となったのは、名古屋の取引先医師から投げかけられた一つの問いでした。14歳の患者の鎖骨骨折症例を前に、「このケースで、本当に一番いい治療は何だと思う?」と尋ねられました。

岩田さんが当時扱っていたのは、鎖骨骨折用のプレート製品です。通常であれば、その製品を軸に提案を組み立てる場面でした。しかし、成長期にある未成年の患者であること、術後の傷痕が将来に与える影響などを考えると、単に製品を当てはめるだけでは済まないと感じたといいます。

その場ではすぐに答えを出せず、一度持ち帰ることにしました。そして、医学文献を徹底的に洗い、関連する論文を読み込み、最終的に6本の有効な論文を選び出しました。治療法ごとの有効性や侵襲性、予後への影響を整理し、医師に手渡しました。この案件のために使った時間は、およそ2週間に及びました。

「単純に営業として考えれば、決して効率のいい動きではなかったと思います。それでも、その先生が本気で悩んでいることが伝わってきました。だから、きちんと応えたいと思って猛勉強しました」と岩田さんは語ります。

結果として、自社製品を使用する治療法ではなく、低侵襲に特化した別の治療法を提案しました。医師は論文に目を通し、治療方針について納得した様子を見せました。そのとき「初めて医療現場の意思決定に真正面から関われた」と感じたといいます。

この出来事を境に、医師との関係性は明らかに変わりました。医療機器の選定があるたびに声がかかり、意見を求められるようになりました。さらに、知り合いの病院にも紹介してくれる場面もありました。個別の悩みに真摯に向き合った結果、信頼が信頼を呼び、ネットワークが一気に広がっていきました。

「あとから振り返ると、あの2週間はものすごく効いていました。医療現場の課題と向き合い、自分のできるかぎりを尽くした結果、喜んでいただけた。あの感覚を初めて体で理解した気がします」と語ります。まさに正面から取り組んで得た信用は、その後、中長期で大きなレバレッジをかけて返ってきました。

医療現場の困りごとは、単独の課題として存在しているわけではありません。患者背景、治療方針、予後への配慮、医師の価値観、病院の体制。そうした要素が重なり合う中で問いは生まれます。その問いを分解し、判断に必要な材料を揃え、意思決定に寄り添うこと。岩田さんは、この経験を通じて、それこそが医療領域におけるビジネスとセールスの出発点なのだと学びました。

名古屋でのこの経験は、セールスのやり方が固まった瞬間でもありました。効率よりも意味を優先し、目の前の課題に向き合う。その積み重ねが信用を生み、信用が次の仕事を連れてくる。この感覚は、後にマーケティングや事業開発に携わるようになってからも、変わらず着想の原点として生き続けています。

■市場導入を設計する仕事としての医系マーケティング

岩田さんが名古屋で過ごした営業経験は6年間に及びます。新卒で配属されて以降、ノルマ未達は一度もなく、医師との関係を丁寧に深めながら、手堅く成果を積み重ねてきました。そうした現場経験を経て、本社で整形外科領域のマーケティング業務を担うことになります。

これまで、MCMでは営業経験者がマーケティングを担う配置が取られてきました。「売れる場面だけでなく、導入が止まる瞬間や、使われなくなる理由までを現場で見てきた人間でなければ、机上の理屈に寄らない導入設計はできない」という考え方があります。岩田さんも、そうした経験を積み重ねたうえでマーケティングの役割を担うことになった一人です。

営業とマーケティングの違いをどう捉えているのかと問うと、「営業はミクロ、マーケティングはマクロだと思っています」と答えます。営業が向き合うのは、担当エリアと目の前の医療機関です。医師や看護師の反応を感じ取りながら、その場その場で最適と思われる提案を重ねていく。一方、マーケティングが扱うのは、事業全体の戦略や業界動向、そして製品が市場にどのように受け入れられていくかという構造そのものです。

「マーケティングというと、広告や販促を思い浮かべる方も多いと思いますが、医療機器や医療材料の世界では少し違います。私がやってきたのは、どう売るかではなく、どの製品を、どの医療機関に、どの順番で導入し、どのように定着させていくかを設計する仕事でした」

大切なのは、医療機器は導入されて終わりではないという点です。使い続けられなければ意味がなく、定着しなければ病院への貢献にもつながらない。術式や運用フロー、院内体制、さらには地域性まで含めて考えなければ、製品は「良いもの」であっても現場に根づきません。

こうした考え方の根底にあるのが、「マーケットイン」という発想です。製品や技術を起点にするのではなく、医療機関が置かれている状況や判断の前提から逆算して、導入のあり方を考えていく。その視点は名古屋を舞台に6年間にわたって現場で医師と向き合ってきた経験と切り離せません。

「営業時代に、医師がどこで判断に迷い、何が負担になっているのかを見てきました。そこから組み立てていく感覚です。先に販売のロジックや戦略をつくってしまうと、どうしてもうまくいかないケースが出てきます」

営業で培ったミクロの視点と、マーケティングで求められるマクロの視点。その両方を行き来しながら、製品と市場の関係を設計していく。岩田さんにとってマーケティングとは、売上をつくるための手段というよりも、医療現場にとって意味のある導入を実現するための業務だと言えます。

この視点はやがて、国内にとどまらず、海外の市場やプロダクトへと広がっていきます。日本の医療現場に本当に必要なものは何か。その問いを突き詰めた先に、次なるステージとして北米での事業開発がありました。

 

≪後編へつづく≫

(本記事は2026年1月に取材した内容に基づいています)