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【コラム】働くことを見つめ直す時間——人事プロパーが男性育休で再定義した「仕事と人生」(前編)
エム・シー・ヘルスケアホールディングス株式会社
人事部人事企画ユニット 中村さん
(はじめに)
MCHグループの【エム・シー・ヘルスケアホールディングス株式会社(以下MCHホールディングス)】人事部で制度運用・労働衛生・健康経営などを担う中村さんは、2021年7月末から2カ月強、第一子誕生にあわせて男性育休を取得しました。長期取得者としては社内でほぼ第1号です。制度を運用する側として自ら利用した経験は、家族との時間を深めるだけでなく、働き方そのものを見つめ直すきっかけにもなりました。
女性社員の育休取得が自然に広がる一方で、男性の育児休業取得率を高めるべくMCHホールディングスは男性育休取得率向上のため、3日まで有給とする制度が導入されていました。この制度を利用する男性社員は増えつつありましたが、長期取得とはいいがたく、中村さんのように2カ月という長期間の取得する社員はまだ一般的とはいえませんでした。コロナ禍で働き方が揺れていたこの時期、中村さんは以前から家庭内で相談していたプランを実現することに決め、この選択を自分の働き方として受け止めました。
育休中は、夜泣きや家事など生活のリズムが大きく変わる日々でしたが、父としての役割をひとつずつ実感し、家族との時間が日常の輪郭を穏やかに整えていきました。仕事と距離を置くことで、自分の価値観や業務との向き合い方を整理する余白も生まれたといいます。中村さんにとって男性育休は、キャリアを断ち切るものではなく、「仕事」と「生活」の重なり方をもう一度整える時間でした。
■人事プロパーが「育休をとる」と決めた意味
中村さんは2013年に現在のMCHグループへ中途入社しました。勤怠管理や給与計算から制度運用、労働衛生、健康経営まで、人事領域を幅広く経験し、社内でも数少ない人事プロパーとして、長年支えてきました。
第一子の誕生に合わせて中村さんは2カ月強の男性育休を取得しました。MCHグループには男性社員向けに子どもの出生から8週間以内の育児休業について開始から最大3日間を有給とする制度がありますが、その後に長期で育休を取得するケースは多くありません。中村さんの選択は、社内でもほぼ第1号にあたりました。
とはいえ、この決断は特別な挑戦ではなく、中村さんにとって自然な働き方の選択でした。背景には、人事部で制度運用に携わってきた経験があります。
「厚生労働省の子育てサポート企業認定制度『くるみん』の存在も知っており、男性育休が持つ意義や実務的な部分も理解していました。制度を運用する立場だからこそ、自ら利用することで説明の説得力にもつながると感じていました」と話します。
性別問わず現場から寄せられる相談を通じて、収入、業務量、キャリア、チーム体制など、育休取得を迷う理由が人によって異なることも把握していました。それでも、自分自身が育児休業の期間を経験しておくことには大きな意味があると考えていたといいます。
育休取得を周囲に伝えた際、上司や同僚からは前向きな反応が返ってきました。男性育休が徐々に広がるなか、中村さんの決断は家庭にとっても、組織にとっても自然な一歩として受け入れられました。 また「妻はもちろんですが、義理の両親からも本当に感謝されました」と振り返ります。制度への理解と自分の働き方の感覚が重なった無理のない選択でした。
■チームで乗り越えた準備期間
育休を取得した当時、中村さんが所属していた人事部人事企画ユニットは9名の少数精鋭で業務を回していました。
その時期、チーム最古参の社員が家庭の事情で退職しました。円満な退職でしたが、経験値の高いメンバーが抜ける影響は大きく、人事企画ユニットにとっては大変痛手でした。そこに中村さんの育休が重なり、主任級2名がほぼ同時期に不在になる状況が現実になりました。
タイミングも容易ではありませんでした。MCHグループでは2022年4月のホールディングス化に向けた準備が水面下で進んでおり、また数年間にわたり準備されてきたグループ統一の人事制度改定も同時並行で控えていました。中村さんの育休期間は、これらグループ全体に影響する2大プロジェクトの準備が開始された時期でした。
中村さんは育休前に担当業務を急ピッチで手順化し、仕組み化しました。判断基準や流れ、関係部署とのやり取りをできるだけ言語化し、属人性を抑えた形へ整えていきました。
こうした期間を乗り切れたのは、仕組みだけではありませんでした。育休制度を日常的に扱う人事部だからこそ、「制度を正しく使うこと」の価値感が自然に共有されていました。仕組みや制度をわかっている人事部でさえ最初は簡単ではありませんでした。中村さんの育休は、誰かの負担ではなく、制度を適切に利用する環境をつくるため人事部全員の相互理解を進めるチャレンジにもなり、目指すべき環境に向けた大きな経験となりました。
上司は、育休中は本人に連絡をしない方針を明確にし、復帰の意思表示があるまでは業務連絡を控えるよう統一しました。メンバーそれぞれが自身の業務に加え、中村さんの領域を分担し、慣れない業務を日々支え合って進めました。その結果、7名体制のまま主軸不在の期間を乗り越えることができました。
これらの経験を機に属人化からの脱却を行うため、業務ごとに正副担当を任命するなど体制強化が進みました。現在、人事企画ユニットは17名体制となり、ユニットを2つに再編し、目指してきた「より属人化を抑えた安定的な運営基盤」が形になりつつあります。結果、誰もが休みたいときに休める組織にも変貌してきています。
≪後編へつづく≫
(本記事は2025年11月に取材した内容に基づいています)
